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井上 優 教授

日本語教育学専攻
井上 優 教授
INOUE, Masaru
東北大学文学部文学科卒業、東京都立大学大学院博士課程退学。著書に『日本語文法のしくみ(シリーズ・日本語のしくみを探る)』研究社(2002年)などがある。

言語の背後にある法則性を発見する喜び。

私の専門は「文法」です。文法とは「言語の背後にある法則性・パターン」です。母語話者が無意識のうちに習得し、日々の言語活動において運用している法則性やパターンを発見するのが私たち文法研究者の仕事です。自然科学の研究者は、観察や実験を通じて自然界の背後にある法則性を発見し、なぜそのような法則性が存在するかを理論的に考えます。文法研究者はそれと同じことを言語を対象に行っているわけです。 
例えば、料理のレシピを注意深く観察すると、「玉ねぎはみじん切りにします」のように「は」を用いた文は下ごしらえの段階で用いられ、「玉ねぎを炒めます」のように「を」を用いた文は調理の段階で用いられることが分かります。材料をどう処理しておくかを述べる場合は「は」、料理を作っていくプロセスを述べる場合には「を」という使い分けになっているのです。そして、「は」のこのような性質は「『は』は文の主題を表す」と考えるとうまく説明できます。高校で教わる国文法や英文法は暗記科目というイメージが強いようですが、実際の文法研究は「観察して考える」ものです。言語の法則性・パターンを発見したときの快感もパズルを解いたときの快感と同じです。
日本語と外国語の比較も興味深いテーマです。例えば、日本語では、座る動作が続いていることを表すときは「座っている」と言います。ガラスが割れた結果が残っていることを表すときも「割れている」と言います。しかし、中国語では“坐着”(坐:座る、着:継続)とは言えても“×玻璃碎着”(玻璃:ガラス、碎:砕ける)とは言えません。動作が「続いている」というイメージがないからです。ガラスが割れているのを見たときは“玻璃碎了”(了:完了、直訳は「ガラスが割れた」)と言います。日本語の感覚では中国語で“×碎着”と言えないのは不思議な感じがしますが、中国語の感覚では逆に日本語で「割れている」と言えるほうが不思議です。しかし、この違いの背後にある事柄が分かってくると、日本語の現象も中国語の現象も自然なものに見えてきます。二つの言語を相対的な視点から公平に見ることができるようになるわけです。この感覚は「異文化を理解する」のとまったく同じです。異文化を理解することは人間が生きる上で非常に重要です。対照研究と言うと大げさな感じがするかもしれませんが、対照研究の感覚は誰もが身に付けるべきものだと思っています。